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米国選挙と株式投資:選挙結果がセクター投資に与える影響

米国大統領選が近づくにつれ、11月の選挙結果を市場見通しにどのように反映させるべきか、投資家の関心が高まるのは当然です。本稿では、株式市場のどのセクターが選挙の結果から恩恵を受け、損失を被る可能性があるのか考察します。

Head of Macro Policy Research
Senior Equity Strategist

米国選挙シリーズの第3回となる本稿では、各党の選挙綱領にまつわる政策リスクが、経済や産業のどの分野に影響を与える可能性が高いかに着目します。セクター投資は過去においても、政策や選挙の勝者に関する投資家の見通しを表現する、重要な投資手法でした。2016年と2020年の米国大統領選では選挙中も選挙後も、セクターETFが人気の投資対象となりました。今年はセクター間のリターン格差が縮まると予想していますが、それでもセクターETFを利用することで、ポートフォリオを選挙結果に適応させることはできると考えます。

結果の予想は、引き続き接戦となっています。当社の選挙ダッシュボード(マクロ経済データ、人口構成の変化、2020年以降の選挙動向、政治的ファンダメンタルズ、資金調達パターンなどの要素で構成)は、大統領選についてはほぼ互角の争い、上院についてはほぼ確実な共和党の勝利、下院についてはやや高い確率での民主党の過半数獲得を示唆しています。

図表1が示すように、1960年以降は政策のスイングが選挙イヤー特有のパターンにつながり、第2四半期に不確実性リスクプレミアムが現れ、その後選挙当日が近づくにつれて縮小してきました。確かに、投資家は通常、選挙後に株式エクスポージャーを拡大しており、それも多くの場合は景気変動を増幅させるかたちで、拡大する傾向にあります。とはいえ、投資家は11月5日よりも前に「選挙プレー」を試みるとみられ、今後数ヵ月はセクターETFの取引量が大きくなると予想しています。

ETFへの資金流入はここ1年以上、セクターやファクター、そして個別国よりも、広範な株式インデックス(MSCIワールドなど)が中心でしたが、それも今後変わるでしょう。セクターのリターンは、選挙がない年よりもある年の方が平均的に大きく変動し、11月になると上昇してきたことがその理由です。

図表1:リスクプレミアムにおける政策スイングの影響(1960~2020年)

US Elections Sector Figure 1

過去の選挙期間を通じたセクター投資

2016年の大統領選は、セクターごとに異なるリターンが現れた典型例です。選挙終了後から11月末にかけて、S&P500株価指数がわずか3%の上昇にとどまった一方、図表2が示すように、サプライズとなったトランプ氏の勝利を受け、セクター間のリターン格差は大きく拡大しました。投票当日以降、米国で最もパフォーマンスが良かったセクター(金融)と悪かったセクター(公益事業)とでは、ネットリターンで17%の差が生じました。どちらも規制の影響が大きいセクターですが、銀行を中心とした金融セクターは、規制緩和への期待から過度に恩恵を受ける結果となりました。一方、特に全体指数については、選挙終了後も平凡なリリーフ・ラリー(安堵感からの相場上昇)を見せるにとどまりました。

図表2:選挙終了後の米国で最もパフォーマンスが良かったセクターと悪かったセクター(2016年11月)

US Elections Sector Figure 2

コロナ禍による低迷から未だ回復の途上にあった2020年年初、大統領選を前にセクターのボラティリティは極めて高い水準にあったものの、その後上昇が目立ったのは1セクターのみでした。選挙終了後、11月末にかけてS&P500は8%上昇しました。一方、バイデン氏の再生可能エネルギー政策に対する期待の高まりから、エネルギー株が急上昇し、最もパフォーマンスが悪かった公益事業セクターをネットリターンで27%上回る結果となりました。

図表3:選挙終了後の米国で、最もパフォーマンスが良かったセクターと悪かったセクター(2020年11月)

US Elections Sector Figure 3

2020年大統領選前の見通しを振り返ってみると、当社はバイデン氏の公共投資計画が明らかな勝ち組を生む可能性があると考えていました。米国のインフラは資金不足に陥っており、経済全体にわたって需要を押し上げるために財政支出が求められていました。その後バイデン政権となり、3つの重要法案が提出されたことで、輸送、ヘルスケア、公共事業、グリーンエネルギーの各分野への需要が刺激されるとともに、半導体サプライチェーンの安全保障と国内化も図られました。こうした政治的優先事項の変化から最も恩恵を受けたのは、資本財セクターでした。

2024年大統領選に向けたセクター見通し

選挙後の政策や規制に影響を与えるであろう3つの基本シナリオについては、以下の通りです。いずれのシナリオもセクター見通しに影響は与えるものの、政策や規制の変化は2020年よりも2024年の方が小さく、次期政権もまた、より多くの政策的な制約に直面するとみています。

3つの基本シナリオ:

  1. 共和党が完全勝利し、連邦政府の全部門を掌握
  2. 大統領はトランプ氏、下院は民主党、上院は共和党が多数派となるねじれ議会
  3. 大統領はバイデン氏、下院と上院はシナリオ(2)と同じねじれ議会

シナリオ(1)は2016年と同じ結果ではあるものの、状況は異なります。政権発足時の税率が低く、財政赤字はさらに大きく拡大している上、債券利回りも高い水準にあることから、財政拡大に対する市場の反応は必然的に異なったものとなるでしょう。債券市場の反応と予想される長期金利上昇の程度にもよりますが、株式市場は仮に上昇しても、比較的小幅かつ短期間の上昇にとどまるとみています。一方、セクターのなかには規制、さらには財政による追い風を受ける分野もあるでしょう。

シナリオ(2)でも規制による支援は同じですが、財政による支援は弱まると当社はみています。バイデン大統領が続投するシナリオ(3)には、どちらの追い風もありません。この場合、規制に関する新たな取り組みはほとんどなく、財政軌道の変化も限定的になると予想します。

図表4では、シナリオ(1)および(2)のみについて、セクターごとの影響をまとめています。バイデン氏が再選された場合、変化の可能性は比較的小さいと考えられるためです。

図表 4:大統領選の結果がセクターに与える影響

  争点 シナリオ1
共和党の完全勝利
シナリオ2
トランプ新大統領とねじれ議会
財政 財政赤字と歳出上限
インフレ抑制法(IRA)の対象削減
資本財(-)  
減税・雇用法(「トランプ減税」)の延長 金融(+)  
規制 巨大テクノロジー企業への個別規制

コミュニケーションサービス(-) コミュニケーションサービス(-)
一般消費財(-) 一般消費財(-)
金融規制およびESG要件の緩和 金融(+) 金融(+)
外交政策   ウクライナ紛争における緊張緩和
NATO同盟を巡る不透明感
資本財(+) 資本財(+)
貿易 関税および非関税貿易障壁 資本財(+) 資本財(+)
一般消費財(-) 一般消費財(-)
エネルギー パリ協定加盟の是非
IRAに基づく電気自動車(EV)およびクリーン電力税額控除の廃止
石油戦略備蓄の補充
採掘権オークションの範囲拡大
米環境保護庁(EPA)の弱体化
エネルギー(+)

エネルギー(+)

ヘルスケア ヘルスケアの範囲と支出   ヘルスケア(+)

出所:ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ

セクターごとの背景

財政/税:インフレは復活するか?

共和党の完全勝利は、財政赤字の拡大、金利の上昇、米ドル高、さらにはトレンド成長率の低下リスク、を意味する可能性があります。加えて、特に米国が輸入する中国製品への関税が引き上げられる可能性があり、潜在的な物価への波及効果を通じたインフレの上昇が、再び問題となり得ます。

IRAは半導体支援法(CHIPS法)やインフラ投資・雇用法とも相まって、資本財セクターのなかでも、米国を拠点とする輸送、建設およびエンジニアリング企業を強力に後押ししてきました。当社は資本財セクターに引き続き注目していますが、それは共和党政権になって、政策がどの程度巻き戻されるかにもよります。共和党が実施コストの高さを主張している一方で、プロジェクトの多くは州レベルでは高い支持を得ています。

2016年とは対照的に、税負担の軽減はわずかにとどまるとみられ、財政拡大はそれほど株式市場の追い風とはならないでしょう。

規制緩和の波は金融セクター、とりわけ銀行に有利に働く可能性があるものの、その影響はおそらく前回のトランプ政権時よりも小さくなるでしょう。中堅・中小銀行5行が昨年経営破綻したことで、規制緩和への意欲が抑制される可能性があります。トランプ氏が当選した場合は、金利の上昇とイールドカーブのスティープ化を予想しており、過去にはそれが銀行の利益率に貢献しましたが、貸出増加率の鈍化と延滞率の上昇が利益を相殺する可能性もあります。

変化が確実とみられる分野にはESGの枠組みが含まれ、カーボンフットプリントの報告に関する要件やESG商品の開発・販売に関する資産運用業界への制約は、緩和される可能性があります。これにより、資産運用会社では、米国と欧州の間で業務範囲の差がさらに拡大するでしょう。

どちらの候補が当選しても、巨大テクノロジー企業への規制は強化される可能性があります。特に人工知能(AI)の進化が加速し、潜在的な利用範囲とソーシャルメディアにおける混乱が拡大しているためです。現在計画されているTikTok(ティックトック)の禁止は、業界の規制に向けた重要法案の第1弾であり、さらなる規制が導入される可能性もあります。一方、トランプ氏が当選した場合、規制の対象はより絞られる可能性があり、最も対象になりやすいと考えられるのはメタとアマゾンです。

このため、AIなどの新技術を支えている大手のテクノロジー、エンターテイメントあるいはコミュニケーションサービス企業については、長期的には依然投資妙味があるとみているものの、規制リスクがその魅力を引き下げています。

外交政策:再軍備の継続

地政学的な意味合いについては次稿で検証することとし、本稿ではトランプ大統領の誕生がG7の国防支出の増加につながることを改めて強調しておくにとどめます。加えて、資本財に関税をかけたいトランプ大統領と想定されるリショアリング(米国回帰)の流れは、資本財セクター(特に米国)にも恩恵をもたらすことでしょう。

貿易:地政学的にはどうか?

関税はどちらにしても引き上げの可能性が高いものの、より無秩序な引き上げとなり得るのはトランプ大統領が誕生した場合です。「トランプ2.0」において想定されるのは、特に米国が輸入する中国製品への貿易関税の導入などです。また、過去の発言からリスクがあると考えられるのは、メキシコその他からのアルミニウムや鉄鋼、さらには自動車や自動車部品の供給です。自動車メーカーや消費財メーカーのほか、建設企業ではコストが上昇する可能性が高いとみられます。

既に2つの大きな紛争が、商品市場を不安定化させ、サプライチェーンを脅かしています。さらなる脅威が発生した場合、各企業はパンデミック下でスタートした取り組みを加速し、より多くの活動を国内に回帰させるかもしれません。それによって恩恵を受ける可能性があるのは、資本財セクターのなかでも、ロジスティクスに関する専門性を提供する企業やコンサルタント企業です。また、関税の場合と同様に、米国のインフレに幅広い影響が及ぶ可能性があります。

エネルギー:移行に向けた動きは、前進するか後退するか?

環境政策やクリーンエネルギー政策など、エネルギーに分類される一連の問題は、最も大きな混乱を生む可能性があります。共和党の政策を受け、化石燃料の利用が今後も続き、環境規制が緩和されることもあり得ます。採掘権オークションの規模や範囲が拡大すれば、石油・ガスメジャーには重要な影響があり、米国が世界最大の原油生産国としての地位を固めることになるでしょう。現状、投資家にとってエネルギーは魅力の高いセクターですが、それは地政学的な側面と「より高くより長い」インフレが継続する可能性が、どちらも追い風となっているためです。近年ではエネルギー移行が進んでいますが、化石燃料の寿命が延びれば、バリュエーションも上昇する可能性があります。

こうしたシナリオは反対に、投資家が公益事業セクターに対するエクスポージャーを削減するきっかけにもなり得ます。共和党政権の下では、公益事業セクターに属する再生可能エネルギー企業の一部が、人気を失う可能性があるためです。一方で興味深いのは、新たなデータセンターに関する建設制限が政権によって異なる点です。AI関連の利用が下支えとなってデータセンターへの需要は急速に拡大しており、それによって電力需要も増加する余地があります。
 投資家は現在、IRAによる補助金や税額控除の持続可能性に注目しています。当社は、トランプ政権が誕生した場合、EVの製造や所有、さらにはそれに必要なインフラに対する優遇措置を削るかたちで、IRAの内容が弱められるとみています。IRAのその他の部分はほとんど維持されるとみているものの、EV部品メーカーや充電設備を提供する企業にはマイナスの影響が及ぶでしょう。充電設備の最大の提供者はテスラであり、同社が最近充電市場から撤退したことも、こうした政策リスクを見越した動きと考えることができます。また、S&P500一般消費財セクターの14%を占める自動車関連企業(ゼネラル・モーターズやフォードを含む)にとっても、EVは成長分野であるため、こうした変化は痛手となるでしょう。

ヘルスケア:投資の材料は従来よりも少ない

今回はヘルスケアが焦点となるような選挙ではないものの、ヘルスケア制度は政治色の強いものであり、人工妊娠中絶の権利と併せて、コロナ禍後のヘルスケア課題が浮上してくる可能性は残っています。医療保険制度改革法(オバマケア)の人気は高く、大きな見直しは予想していませんが、共和党が議会で多数派となった場合、その内容が制限される可能性はあります。製薬会社にとって残されたリスクは、IRAの下での処方薬価の引き下げに関する動きです。こうしたリスクがより高いのはバイデン氏が再選された場合ですが、その可能性については織り込み済みであるとみています。したがって、ヘルスケアセクターについては、選挙の影響が比較的小さく、収益改善の勢いも維持されていることから、ディフェンシブなポジショニングに適していると考えます。

結論

接戦が予想される選挙において、結果が恩恵をもたらす可能性が最も高いセクターを特定するのは困難です。それでも本稿で明らかとなったように、一部のセクターは潜在的な変化に対して、他のセクターよりも敏感に反応します。銀行などの金融セクターにとっては規制の緩和が恩恵となり得る一方、特にコミュニケーションサービスセクターの一部は、規制による監視が強化される可能性に直面しています。また、貿易関税の拡大や引き上げの可能性は、国内メーカーにとってはチャンスとなる一方、それに伴うインフレや金利の上昇リスクは脅威をもたらします。11月が近づくにつれ、米国内でもグローバルでも、セクター配分に投資家の見通しを反映させる動きが拡大する可能性があります。そしてその目的は、潜在的なリスクの最小化を図り、今後訪れるかもしれない投資のチャンスを活かしていくことにあります。

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