米国大統領選挙シリーズの第4回目では、政策の変化が米国外の経済と市場に及ぼす影響について考察します。民主党の大統領候補が勝利した場合、通常は一連の政策が現状維持となることが多いため、トランプ前大統領が再選された場合の影響を中心に分析します。後者のシナリオでは、他の国よりも良い結果となる国もあり、トランプ政権が誕生した場合に最も影響が出やすい国を解き明かします。
当社は、最も重要性が高いと思われる4つの主要な政策を取り上げました。何よりも第一に、米国は世界最大かつ最も取引量の多い資本市場の本拠地であるとともに、その基軸通貨としての優位性から、グローバルな金融市場を形成しています。なかでも、米国発の影響は、米ドルの相対的価値や米国金利に象徴される金融情勢の変化を通じて急速に波及します。こうした金融情勢は、マクロ経済政策全体のポリシー・ミックスに大きく左右され、財政政策と金融政策がそれぞれ結果に大きく影響を及ぼす中心的な役割を果たしています。
2024年の米国選挙では、議会構成の変化と大統領の交代により、財政の軌道が変わる可能性があります。本シリーズの以前の記事で概説したように、共和党が圧勝した場合は大幅な財政拡大、ねじれ議会となった場合はより控えめな財政刺激策になると予想されます。トランプ政権下での米国の金融政策に対する市場の認識も重要な要因となるでしょう。トランプ氏は議会の決議がなくても金融政策に影響を与えようとするでしょうし、市場は長期的にインフレの不確実性が高まることを想定せざるを得なくなると考えられます。こうした潜在的なシナリオはすでに市場を動かすのに十分であり、トランプ氏の支持率が改善するにつれて、長期利回りは上昇しています。
加えて、米国の大統領には議会から独立した、政策分野における行政裁量権が与えられています。政策分野で最も注目されるのは、エネルギー、貿易、安全保障の3分野になる可能性が大きいと思われます。エネルギーに関しては、トランプ氏は間違いなく、米国のエネルギー輸出拡大に向けた取り組みを強化するでしょう。また、主要なエネルギー生産国との関係改善によって、世界のエネルギー供給が潤沢で、価格の抑制を確保するのに役立つはずです。エネルギー供給と価格はグローバル市場の一部であるため、米国の動きに伴う利益あるいはコストは、世界経済に直接影響します。
貿易に関しては、ほぼ間違いなく関税が引き上げられ、中国からの輸入品に対しては不均衡に高い関税率が適用されることになるでしょう。しかし、欧州や特定の新興市場(EM)国からの様々な輸入品にも選択的に関税が課されると予想されます。トランプ前政権が推進したUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)が2026年に更新期限を迎えますが、同じ条件で延長される可能性が高いため、メキシコは重大な貿易の混乱に直面することはないと予想されます。保護主義的な適用が意図的に行われていることを踏まえると、貿易政策は外国の経済と市場間の乖離を引き起こす可能性が最も高い手段です。
最後に、外交・安全保障政策は大統領の専権事項です。トランプ氏は、特に欧州の同盟国から引き続き、より高い安全保障上のコミットメントを引き出す可能性が大きいと思われます。米国の軍事的な関心がアジアに明確に向けられれば地政学的リスクが認識され、抑制的な国内改革を通じて、中国にはより高いプレミアムが課されることになるでしょう。
図表1は当社の全体的な見解をまとめたもので、米ドル高や米長期金利の上昇と逆相関にある中国や多くの新興国市場が最も影響を受けやすいことを示しています。中国が米国の貿易制裁の中心的なターゲットとなることは避けられませんが、中国は人民元を切り下げることができるため、影響は部分的に緩和されるとみられます。中国の企業セクターが第三国に生産を移転することも、さらに影響を相殺するでしょう。加えて、中国はエネルギー輸入大国として、低位のエネルギー価格から間接的に恩恵を受けます。インドなど他のEMの大規模なエネルギー輸入国も恩恵を受けますが、EM複合体にはエネルギー生産国が多く含まれており、エネルギー価格の下落は自国の経済の観点では制約要因となるでしょう。
図表1:世界の各地域への政策の波及と影響
波及経路 | 欧州 | 中国 | 新興国 | 日本 | メキシコ |
---|---|---|---|---|---|
マクロ政策ポリシー・ミックス | + | - | - - | + | + |
エネルギー | + | + | +/- | + | +/- |
安全保障 | - - | - | +/- | - | +/- |
貿易 | - - | - | - | +/- | + |
全体 | - | - | - | + | + |
出所: ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ、2024年7月5日時点
中国とは対照的に、欧州は為替レートを通じて貿易摩擦の影響を相殺することができないため、人民元安と対中競争力の低下にも苦しむことになります 。また、欧州の大型資本財の貿易論争に伴い、第三国を通じた再輸入も阻まれるため、欧州の重要な産業は大きなリスクにさらされることになります。より大規模な貿易戦争は回避できるかもしれませんが、その代償は欧州連合(EU)の輸出部門を弱体化させるような譲歩になるかもしれません。もうひとつの譲歩は、米国の安全保障へのコミットメントと引き換えに、安全保障のための支出をさらに増やすことでしょう。このような財政負担は欧州の安全保障に対する長期的な懸念を悪化させ、欧州資産の構造的なリスクプレミアムを押し上げることにもなるでしょう。
トランプ新政権による影響を総合的に踏まえたときの勝者は、第一次トランプ政権の時と同じになる公算が大きいと思われます。反メキシコ政策が実現しなかったため、メキシコ・ペソは2017年から2020年にかけて最もパフォーマンスの良い通貨となりました。2025年から2028年にかけて、経済と市場の分野でも同じことが予想されます。同様に、日本は貿易摩擦の影響を受けにくく、今後数年間で中国の市場シェアを奪う可能性さえあります。 日本はまた、エネルギーコストの低下からも恩恵を受けるでしょう。
以前の記事で概説したように、投資家から見れば、米国の選挙は各政党の規制に対するスタンスによって、米国の株式セクターを通じて影響するのが通例です。連邦法に明記されていない、あるいは曖昧な問題は連邦政府の解釈が合理的であれば司法は従うという、シェブロン法理の合法性を米連邦最高裁判所が否定したことに伴い、米国は今後、規制がより「軽いタッチ」で行われる時代に入ろうとしています。これは、国境を越えた規制緩和の動きを誘発するのでしょうか?
また、トランプ政権が国内の規制緩和の動きと並行して、気候、金融、テクノロジー、デジタル規制などの分野にわたる幾つかのグローバルな政策組織や協定から米国を撤退させる可能性も大きいと考えられます。欧州にとっては、イノベーションとビジネス環境において米国の優位性に有利な差が拡大しているため、これも構造的な課題となっています。これを具体的に示すのは難しいことですが、より広義のアメリカ例外主義に対する無視できない追い風となっています。しかし同時に、米国内の政治的結束が米国のリーダーシップに脅威を与える可能性もあり、この点については秋の最終記事において検討する予定です。