英国総選挙が7月4日に実施されるとの発表は、それまで年内後半の実施を見込んでいた市場とメディアを驚かせました。世論調査では与党である保守党が野党の労働党の後塵を拝していることから、以前から政権交代が予想されてきました。しかし、市場は労働党政権下におけるアップサイド・サプライズの可能性を過小評価しているのでしょうか。
今回の英国総選挙では労働党による安定過半数獲得がほぼ確実視されています。保守党は14年にわたる政権の間に、欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)からリズ・トラス前首相の大型減税案、ボリス・ジョンソン元首相の新型コロナ禍でのパーティー問題に至るまで、選挙上不利となる問題をあまりに多く積み重ねてきました。一方で、労働党は規律正しく明確に中道的な選挙戦を展開しています。労働党の綱領はシンプルで、「今こそ変革の時であり、我々は信頼できる担い手だ」と要約するのが最適でしょう。労働党の快勝はほぼ確実と見られており、過半数を80~120議席上回る多数を獲得すればキア・スターマー党首が英国の次期首相となるのはほぼ確実でしょう。
総選挙実施の発表に対して、市場はほとんど反応していません。観測筋は、選挙が今年第4四半期に行なわれると予想していました。7月という日程はサプライズだったものの、結局のところ、重大なことではありません。労働党は、2022年に一時期首相に就任したトラス前政権での経験を考慮して、予算と債務に関して抑制的に行動することを約束しています。このことは、労働党政権下での下振れリスクについて、投資家に安心感を与えました。一方で、市場は上振れリスクもほとんどないと見ています。新政権が本格的な財政刺激策をとらなければ、慢性的に停滞している経済を活性化させることはほとんどできないと考えられているのです。
図表1:英国政府は利用可能な財政余力(フィスカル・スペース)を使い果たしている
労働党政権で不足する財政余力(フィスカル・スペース)については、政策改革で補うことができます。投資家にとって最も重要なことは、成長の足かせとなる供給制約に対処するための構造改革でしょう。当社は、保守党主導の政権が14年間の政権期間中に改革を実現できなかったからこそ、労働党政権下ではそのような改革が実現する可能性が高いと考えています。では労働党の改革とはどのようなものになるのでしょうか。
1. 英国がEUとの貿易摩擦をさらに緩和できる可能性 EU離脱を遂行した保守党にとって、EUとの接近はほとんど想像もつかないことでした。労働党もまたEU離脱を取り消そうとしていると見なされることを嫌がるでしょう。ただし、EU離脱に伴う困難な結果をいくらか緩和できるような政策転換ならば、魅力的かもしれません。労働党は適切と認められる場合、EU法の順守に同意することで、業界別の問題を粛々と解決することも可能とみられます。議会で安定多数となれば、EU離脱に関するタブーを打ち破る選択肢も得られるでしょう。
EUとの関係改善のための政治的な扉は存在しますが、政治的意志はどうでしょうか。世論調査によれば、英国では現在、国民の大半がEU離脱は間違いだったとし、労働党支持者の大多数は間違いなくそう考えています。そして欧州では、防衛・安全保障をはじめとする新たな優先事項によって、新たな協力の道が開かれる可能性があります。ジェレミー・コービン前党首時代の労働党とは異なり、現在の労働党自体が英国のEU残留を主張した人々によって率いられているのです。この点について、労働党は選挙戦でほとんど言及していませんが、この沈黙は保守派寄りの有権者をターゲットにした選挙戦略でもあるのかもしれません。
2. 労働党が成長を阻害する国内要因を排除できる可能性 厳格な都市計画規則は英国経済にとって供給サイドの制約要因となっていることで知られています。インフラから住宅用不動産に至るまで膨大なニーズがあるにもかかわらず、長年にわたってこの規則が英国の建設セクターの事業活動の足かせとなってきました。支持層が住宅所有者に大きく偏っている保守党とは異なり、労働党支持層はより若年で都市部に多く、賃貸住宅居住者の割合も保守党より高くなっています。このため、プロジェクトの進行を妨げる都市計画規則改正に取り組むための大胆な意思決定が可能となります。特に住宅建設に関して、労働党は150万戸の住宅新設を約束しています。これは壮大な目標です。しかし、現在の住宅建設の水準は極めて低いため、緩やかな増加であったとしても、広範に好影響をもたらす可能性があります。
3. 改革によって期待される変化 当社の見解では、労働党は野心的な政策路線を目指す可能性があります。国際的には、次期議会を通じてEUと有意義で緊密な関係を築くことが合理的に予想されます。国内的には、住宅用不動産への投資拡大と、インフラ投資の削減といった都市計画改革が成功し得ると考えられます。これらは総じて、英国の中期的な潜在成長性を高める可能性があります。それは、ポンド高(資本流入の増加)と英国資産のバリュエーション上昇(成長期待の高まりに連動したリターン上昇)という形で市場に反映されるでしょう。これは特に、改革の影響を最も受けやすいセクター(例えば英国の小型株や、EUの場合は一般的に輸出型製造業など)に当てはまるでしょう。他の条件が全く同じであれば、英国資産のクレジット・リスク・プレミアムも縮小する可能性がありますが、英国の財政状況は引き続き厳しい局面が続くと見込まれるため、国債利回りの低下は見込めないでしょう。構造改革は長期的な投資であるため、できるだけ早期に着手するのが最善です。したがって、当社の立場は、選挙後間もなくか、年末までには確実に明らかになるでしょう。
端的に言うと、当社は、今回の選挙にはアップサイド・サプライズの余地があると考えています。市場は下振れの不確実性は低いと見ていますが、同様に上振れ期待も低いのです。これは、次期労働党政権の中道的かつ改革志向の政策スタンスが、英国の中期的なマクロ経済のファンダメンタルズに重大なプラスの影響をもたらす可能性を踏まえると、あまりに悲観的過ぎると考えられます。