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Uncommon Sense

FRBに政策ミスの可能性?それでも景気が堅調に推移する3つの理由

「私はこれまでの人生で様々なことを心配してきたが、そのほとんどは実際には起こらなかった」

– マーク・トウェイン

Chief Investment Strategist

株式市場が上昇すればするほど、投資家の不安は高まります。S&P500種指数は今年これまでに30回超、史上最高値を更新しており、その結果、高値警戒感が広がっています。買いを煽るヘッドラインや誘惑するようなソーシャルメディアの投稿も多く、そうした投資家の不安に拍車をかけています。

しかし、投資家は素晴らしい音楽が流れている限り、踊り続けなければならないと考えます。

この不安感は、資本市場のボラティリティ指標ではほとんど捕捉されません。むしろ、この居心地の悪さは損失回避バイアスに根ざすものです(投資家が利益の喜びよりも、損失の痛みを2倍強く感じるのはこの認知バイアスによるものです)。株価は20ヵ月超ほぼ途切れなく上昇してきたにもかかわらず、最高値を更新するたびに、投資家は将来起こりうる損失への不安を募らせています。

結局のところ上昇すれば、必ず下落します。いや、そうでしょうか?

リスクの増大と景気抑制的なFRB

現在のラリーを頓挫させる可能性のある既知のリスクは、少なくとも片手では収まりません。心底恐ろしい「ブラックスワン」や「存在さえ知られていないリスク」は言うまでもありません。明白なリスクのなかで経済や投資家にとって最も問題なのは、FRBによる政策ミスの可能性が高まることでしょう。FRBは6月12日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、フェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標レンジを5.25%~5.50%に据え置きました。会合後の記者会見でパウエルFRB議長は、金融政策について説明する際に「抑制的」という言葉を実に8回も用いました。

しかし、FRBは過度に景気抑制的なのでしょうか?FF金利の誘導目標レンジの上限は、名目国内総生産(GDP)成長率を上回っています。そしてストラテガス・リサーチ・パートナーズによると、名目短期金利を名目成長率より高い水準に維持したケースでは、過去数十年にわたって、混乱が生じ、その結果、景気減速、金融危機、リセッションにつながりました。

足元で景気は減速しています。第1四半期の国内総生産(GDP)は、2023年第4四半期の前期比年率3.4%増に対して、1.4%増となりました1。労働市場は軟化しつつあります。失業率は過去14ヵ月で3.4%から4%へ0.6%ポイント上昇し、悪化傾向にあります2。5月の小売売上高も低調で、消費者信頼感指標は辛うじて持ち堪えています3。製造業と住宅市場に関するデータは、ともに著しい金利上昇と根強いインフレの影響で低迷しています。全米供給管理協会(ISM)が発表した最新(5月)の製造業景況感指数は、2ヵ月連続で製造業の縮小を示す水準となりました。景気拡大/縮小の節目を下回ったのは過去19ヵ月間で、18回目です4。一方、5月の住宅着工件数は前年同月比5.5%と急落しました5

FRBの頑なな姿勢が経済を徐々に損ない、突然リセッションに陥るリスクが高まっています。ただ次の3つの理由から、おそらく深刻なリセッション入りは辛うじて回避できるでしょう。

  1. 人工知能(AI)には圧倒的な影響力があること
  2. 移民には驚くほど経済へのプラス効果があること
  3. 高所得層の消費が絶好調であること

これらの要因が今後数四半期にわたって、どのようにリセッション入りを阻止するのか、それぞれ検証していきます。

マシンの台頭

AIはゲームチェンジャーです ―― 何を今さらと思われるかもしれませんが、AIの可能性について他にどう表現すればよいのでしょう?

とはいえ、何年ものあいだ、AIは約束した成果を出せずにいました。自動運転車からAI家庭教師まで、実用化は遅々として進まず、期待外れとなっていました。そうした状況を変えたのが、2022年11月のオープンAIによるチャットGPTのリリースです。

AIは汎用的技術(=general-purpose technology、偶然ですが省略するとGPTになります)に進化しました。蒸気機関、電気、インターネットのような一生に一度の大発明は、あらゆる産業、そして生活のあらゆる側面に影響を及ぼします。AI支持者の中には、生成AIの影響はそれ以上かもしれないとの意見もあります。マッキンゼーによると、生成AIによる生産性へのインパクトは、世界経済に数兆ドル規模の価値をもたらす可能性があります。具体的には、同社が分析した63のユースケース全体で、生成AIが年間2.6兆~4.4兆ドルの価値をもたらす可能性があると試算しています。これは、2021年の英国のGDPとほぼ同じ規模です。そして、これによって他のAIすべてがもたらす影響も15%~40%高まるとしています6

ただし、汎用的技術は他の多くの技術と上手く連携して運用する必要があるため、多くの場合、導入に時間がかかります。たとえばインターネットの基盤が開発されたのは1960年代ですが、多くの人が利用できるのようになったのは1990年代です。インターネットの普及には、ウェブブラウザの誕生、高速インターネット用インフラの拡充、手頃な価格のコンピューターが必要でした。

しかし、チャットGPTのようなAI製品の根幹となる大規模言語モデル(LLM)は別物でした。発明からわずか数年で消費者や企業の間に急速に広まり、チャットGPTは歴史上最も早くユーザーが1億人に達したプロダクトとなりました。無料で利用でき、広く入手可能で、驚くほど有用性が高いことが、導入ペースを加速させました。

イーサン・モリックは著書『Co-Intelligence : Living and Working with AI(共同知能:AIとともに生き、働く)』の中で、「これまでの技術革新はより機械的な作業や反復作業が対象でしたが、AIは、多くの方法で、共同作業が可能です」と述べています。AIは人間の思考を強化、あるいは人間に代わって考えることで、驚くような結果を出しています。マッキンゼーの調査によると、生成AIのユースケースがビジネスにもたらす価値の約75%が、カスタマーエクスペリエンス、マーケティング&セールス、ソフトウェアエンジニアリング、研究開発の4つの領域に集中しています7
 

最近の調査によると、AIは様々な仕事の生産性を20%~80%の割合で押し上げる可能性があります。これに対して、産業革命の原動力になった汎用的技術である蒸気機関が工場に導入されたことで、生産性は18%~22%向上しました。意外なことに、コンピューターやインターネットが過去20年間にわたって実質的に生産性にもたらした、長期的なプラスの影響はまだエコノミストたちによって明らかにされていません。

マッキンゼーは、生成AIにより経済全体の労働生産性は大幅に改善するとみており、2040年まで毎年0.1%~0.6%の割合で労働生産性を向上させる可能性があるとしています。また、生成AIと他のあらゆる技術とを組み合わることで業務を自動化することにより、生産性の伸びはさらに毎年0.5%~3.4%ポイント加速する可能性があるとマッキンゼーは指摘しています。

モリックはAIの可能性について、次のように端的にまとめています。「私たちは、斧からヘリコプターまで、身体的能力を高める技術を発明してきました。そして、スプレッドシートのように、複雑な作業を自動化する技術も発明しました。しかし、私たちの知能を増強する、一般的に受け入れ可能な技術はまだ確立されていません」、これまでのところは。

AIの驚くほど強力な経済効果は、投資家がFRBの政策ミスをさほど懸念する必要がない理由の1つです。では、こうした懸念を払拭してくれる他の理由についても考察していきましょう。

移民の経済的メリット

移民問題は政争の具であり、来る米大統領選の決定的な争点の1つとなっています。米国の労働市場は、パンデミック後にインフレ圧力を過熱させることなく安定しましたが、残念なことに、移民増加がそこで果たした役割を多くの人が過小評価しています。

昨年米国には250万人を超える移民が流入し、今年も同様のペースで流入が続いています。通常、米国には毎年約100万人の移民が流入します。トランプ政権下で、その数は約75万人に落ち込みました。移民減少とパンデミック後の逆風が相まって、2021年の労働市場では需給が著しく不均衡となりました。

ここ2、3年の移民増加のおかげで、労働市場では賃金インフレを過熱させることなく、需給バランスが大きく改善しました。投資調査会社のエンピリカル・リサーチ・パートナーズによると、この傾向は特に低スキルのサービス業に当てはまり、これらの職種では賃金の伸びは8.5%でピークをつけ、現在4.2%となっています。実際、外国生まれの労働者が昨年の労働力人口増加に占める割合は60%と、労働力人口に占める割合の3倍に相当する伸びとなりました ―― そして2024年もこれに匹敵する数値になるでしょう8

外国生まれの労働者が労働力人口の伸びに大きく貢献した点については、高齢化と出生率低下に伴う米国生まれの労働者数の減少が少なくとも一因としてあげられます。ここ2、3年の移民の増加ペースは、過去の景気拡大期と一致しています。そして、移民に依存するサービス業の求人数は高止まりしてるため、労働参加率は今後2年間でおそらく上昇し、労働市場をさらに活性化させるでしょう。

米国では過去12ヵ月間に約300万人の雇用が創出され、失業率は4%以下にとどまってきました。同時に、賃金の伸びは4.7%から3.9%に減速しました。これは、インフレに上昇圧力がかかる可能性が低い水準です。こうした結果を主に促したのは、外国生まれの労働者の増加です。状況は大幅に改善しましたが、労働市場は引き続きややタイトです。

このように労働市場が徐々に均衡を取り戻してきたため、FRBは政策金利を「より高く、より長く」維持しても、経済は金利上昇を乗り切れると確認できたのでしょう。無意味に不安を煽るような動きもありますが、移民増加が経済にもたらすプラスの効果は有給の雇用にとどまらず、起業活動、イノベーション、消費、財政貢献、の拡大へと急速に広がっていきます。

このように、移民の経済効果への過小評価もまた、当社がFRBの政策ミスはあまり心配する必要がないと考える理由です。最後に、投資家が今後数四半期のリセッション入りを懸念して、時間を無駄にすべきでないと当社が考える3つ目の理由について掘り下げていきます。

高額所得層の活発な消費活動

所得分布の上位20%、年収15万ドル以上の世帯の状況は良好です。6月下旬にエンピリカル・リサーチ・パートナーズは、同所得層の裁量的支出は今年8%増加する可能性があるとの予想を示しました。これは2015年から2019年の平均、ならびに昨年の結果と一致します。雇用の伸びが続き、小規模企業の景況感が高まり、インフレが低下すれば、上位20%の所得層の信頼感と支出はおそらくさらに押し上げられるでしょう9

最上位所得層が、過去18ヵ月間の金利上昇で、実際に恩恵を受けていると考えるエコノミストやマーケットコメンテーターが増えています。家計の金融資産のほとんどは、この所得層によって保有されています。エンピリカル・リサーチ・パートナーズによると、最上位所得層は株式の85%、債券の80%、流動資産の3分の2を保有しています。にも関わらず、この層が個人向けクレジットカード残高に占める割合は約3分の1にとどまっています10

過去のサイクルと異なり、今回の金融政策引き締めサイクルでは、金利収入の大幅な増加に株価と住宅価格の上昇が相まって、上位所得層の消費動向は堅調でした。実際、米国では所得分布の上位5分位の世帯が、個人消費の40%を占めています。これは第3五分位以下を合わせた割合にほぼ一致します11

キャピタルゲイン、事業所得、ボーナスや株式報酬制度によって高額所得者、特に所得分布の上位1%の富裕層が、個人所得全体に占める割合はますます増えています。パンデミック後の労働市場の逼迫は、所得分布の下位60%層の賃金上昇につながりました。そして現在、労働市場が正常化するなか(少なくともその一因はここ2、3年の移民増加)、賃金水準が特に高い産業では消費者の所得は4.5%上昇し、2023年と同水準となり、インフレ率を上回るペースとなっています12

上位五分位の所得は、今年5%増加する見込みです。債務返済負担や非裁量的コストの増加で支出は若干削られるでしょうが、株式、債券、住宅からの資産効果は、そうした費用増加の影響を優に上回るでしょう。これらすべてのことが、裁量支出が今年8%増加するというエンピリカル・リサーチ・パートナーズの予想に反映されています13

高所得層の所得増加と支出拡大は、引き続き景気を下支えするとみられます。これにより、今後数四半期でリセッションが忍び寄るという投資家の懸念は和らぐでしょう。

ただ踊り続ける

S&P500種指数は今年これまでに15%を超える上昇を示し、史上最高値を30回超更新するなど、この6ヵ月の株式市場は堅調です。しかし、投資家は損失回避バイアスに陥り、近い将来損失を被るのではないかとの不安を募らせています。

下半期に強気市場の腰を折りかねないリスクは多くありますが、中でも際立っているのがFRBの政策ミスです。名目短期金利を名目経済成長率以上に維持する方針 ―― 現在のスタンス ―― は歴史的に景気減速、金融危機、リセッションにつながってきました。

しかし、景気抑制的なFRBは今回、音楽を止めないでしょう。経済は新たなリズムに合わせて踊り出しているからです。AIとそのユースケースを追い風に、生産性は長期にわたってこれまでになく大幅に上昇するでしょう。ここ2、3年の移民急増に支えられ、労働市場はインフレ圧力を過熱させることなく、正常化を果たしました。そしておそらくその効果は今後も続くでしょう。また上位20%の高所得層は今年、裁量的支出を8%またはそれ以上拡大する可能性があります。

S&P 500種指数の過去18ヵ月の驚異的な上昇を踏まえると、投資家が警戒し、潜在的なリスクを絶えず意識するのは当然です。しかし、そうした不安は脇に置き、AI、移民、高所得層の消費活動に支えられて、もうしばらく鳴り続ける音楽を味わうべきでしょう。

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