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2024年 年央金市場見通し: 金価格を牽引する3つの要因

中央銀行による購入と中国の旺盛な需要に支えられ、金のモメンタムは今年かなり強まっています。しかし、当社は金需要をさらに押し上げる可能性のある第3の要因があると考えています。それはこの先目白押しの地政学的リスク・イベントに伴う、マクロ環境リスクの変化です。

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中央銀行による大量の購入と中国による旺盛な投資需要に支えられ、金のモメンタムは今年かなり強まり、価格は5月末までに14%上昇しました1。興味深いのは、このラリーが米金利の上昇、米ドル高、限定的なクロスアセット・ボラティリティという、通常なら金の逆風となるマクロ環境下で起きていることです。

このようなマクロ要因からの圧力を免れたのは、構造的ドライバー、すなわち外貨準備を分散化しようという中央銀行の意向と中国からの需要増加が、こうしたマクロ・トレンドの逆風に負けない底堅さを見せたからだと考えられます。

当社は、この2つの構造的ドライバーの根強さは変わらないと考えています。さらに、第3のドライバーが台頭するとみています。それは、この先目白押しの地政学的リスク・イベントに伴うマクロ環境リスクの変化です(米連邦準備制度理事会[FRB]の金融政策の動向、米大統領選挙、ロシア/ウクライナ戦争、中東の紛争など)。金価格がさらに上昇するとの見通しは、引き続き明るいようです。

したがって、当社はこの先年末まで金価格は次の3つの要因に牽引されるとみています。

  • 中央銀行による金購入の底堅さ
  • 中国の飽くなき金需要
  • マクロのイベント・リスク上昇を受けた、金投資需要の拡大

前進のために過去を振り返る: 2024年これまでの金パフォーマンス

2024年の金相場は1オンス当たり2,063ドル、近年(2020年8月、2022年3月、2023年5月)の上値抵抗線となった水準でスタートしました2。今回はこの上値抵抗線を抜け、2024年5月21日に過去最高となる1オンス当たり2,427ドルをつけました3。実際に金価格は4月初めから、ほぼ4%上昇しています ―― ラリーを促したのは、FRB金融政策のさらなる変化、それに続くクロスアセット・ボラティリティの若干の上昇です4。ここから、金の短期的なパフォーマンスに、ボラティリティが影響していることがわかります。

しかし、金価格の短期的なマクロベースの上昇と持続的な上昇トレンドの間の狭間で、主に牽引役となっているのは構造的需要の増加です。こうした現象には前例があります。特に顕著だったのは金価格が275%上昇した2000年代です5。そしてこの間、金価格のリターンには持続力がありました。3年のローリングリターンは140ヵ月連続でプラスとなり、年率換算リターンは平均16%でした(図表1)。

2000年代にはドル安や地政学的リスク・イベントなど、他にもマクロ要因はあったものの、新興国市場、特に中国とインドの大幅な経済成長が宝飾品、金貨、金地金の需要を押し上げました。そして現在、再び新興国市場の成長が金価格の構造的上昇を支えています。

中国では、消費者が国内上場の金ETF、現物の金地金、金貨、宝飾品に強い関心を示してきました。金に対する中国国内のセンチメントは過去10年で改善しましたが、そこで大きな役割を果たしてきたのは中国人民銀行(PBOC)です。PBOCは2009年以来1,664トンを超える金を積み上げ6、戦略的な金の需要拡大の道筋を支えてきました。

中央銀行は、足元の価格を支える需要トレンドにも貢献してきました ―― 2000年代初頭には見られなかった役割です。主に影響を与えているのは伝統的なフィアット通貨(不換通貨)から、外貨準備を分散化するための金の直接的な購入です。このトレンドは2024年第1四半期も力強さを維持し、合計291トンが追加されました7。この順調な1年の幕開けは、中央銀行の需要が2024年も拡大を続けるという当社の見方を裏付けています。

中央銀行はまた、政策措置を通じて金需要に影響を与えることも可能です。FRBが政策金利を「より高く、より長く」維持するとの見通しが広がるのと同時に、金を裏付けとするETFから資金が流出しました。この流出は、2022年第2四半期以降の739トンの供給に寄与しています8

その一部は金のリサイクル・トレンドによるものです。価格が高いと投資家の間には利益を確定し、投資先を変更するインセンティブが生まれます ―― 具体的には高ベータの成長銘柄(ファンド・フローに基づく)へ向かいました9。金価格が上昇するなか、このリサイクル・トレンドが2024年第1四半期に高まりましたが、ETF投資家がこうした行動をとるのは異例です。

金を裏付けとするETFの誕生以来、フローの方向は金価格の方向に連動性する傾向を示してきました。たとえば、金を裏付けとするETFが前回8四半期連続での資金流出を記録したのは2013年第1四半期から2014年第4四半期で、このとき合計1,091トンの金が売却されています10。金価格は当時28%下落しました11

このように、その時々で異なるパフォーマンスは、金の需給ダイナミクスがいかに変化しているかをよく示しています。金市場に参入し、その価格変動がもたらす機会を利用しようとする投資家にとって、こうした需給ダイナミクスを理解することは極めて重要です。

現時点では、金が過去2年にわたって米国のマクロ状況に通常とは異なる反応を見せていることを踏まえると、非マクロの需要ダイナミクスに焦点を当てた方が、金価格の将来の方向性をより的確に見通すことができると考えられます。リスク資産(たとえば株式やクレジット市場)のボラティリティが高まった場合、そうしたダイナミクスは目先の金のパフォーマンスをより大きく左右する可能性があります。

第1のドライバー: 中央銀行

昨年、中央銀行は14年連続で金を買い越しました12。中央銀行は、世界の準備通貨(外貨準備)である米ドルやユーロへの過度の集中を緩和することを目指しており、外貨準備を分散するために金購入を増やしています。

ロシアのウクライナ侵攻で西側諸国がロシアに対して厳しい経済制裁を課した2022年第1四半期後、金需要は急増しました(図表2)。ロシアの大手金融機関が国際銀行間通信協会(SWIFT)のシステムから排除されると、ロシアの外貨準備も事実上凍結されました。米ドルやユーロなどの外貨準備が武器化しうるという現実に直面し、国際コミュニティ、特に非米同盟国のあいだで、準備資産として金を保有しようとする流れが強まりました。

投資家にとって利払いがないことが金を保有する最大の障害だとされていますが、これは投資家が金を完全に保有できる特性でもあります。金は、第三者の信用力や約束に依存しないからです。結局のところフィアット通貨は、政府または中央銀行によって発行された実質的な約束手形です。

年初来の金の主要な買い手は、トルコ(30.1トン)、中国(27.1トン)、インド(18.5トン)を中心にいずれも新興国でした13。中国の中央銀行は、外貨準備の分散のために引き続き金を大量に積み上げています。

PBOCによる過去18ヵ月での大量の購入にもかかわらず、中国の外貨準備に占める金準備の割合は4.6%と著しく低い水準にとどまっています14。先進国と新興国の他の中央銀行はこれより高く、外貨準備総額に占める金準備の割合はそれぞれ平均60%および20%となっています15。このことは中国が外貨準備の構成を他の中央銀行に合わせるには、大幅な購入余地があることを示しています。

新興国の中央銀行で高まる外貨準備の分散化ニーズは、今年下半期にかけて、金価格の主要なサポート材料になる可能性があります。

第2のドライバー: 中国の消費者需要

中国の投資家や消費者は、文化的、経済的、戦略的要因を背景として歴史的に金投資を強く選好してきました。文化的には、金は富、繁栄、幸運の象徴として、中国の伝統や習慣に深く根付いてきました。この文化的親近感は、金の宝飾品や装飾品に対する需要の高さに反映されており、そうした傾向は特に祝祭や、結婚式のようなライフイベントで顕著です。

経済的には、とりわけ通貨安、経済の先行きの不透明感やボラティリティが懸念される時、信頼できる価値保存手段の役割を果たしてきました。そして以下のように、様々なマクロ・イベントで国内経済のモメンタムが抑制されるなか、こうした経済的特性が反映されています。

  • かつて経済成長の柱であった、中国不動産市場が懸念の種となっています(たとえば破綻寸前の中国恒大集団が示すような過剰債務リスク)。
  • 世界的に生産拠点の国内回帰や自給率向上に向けた動きが進み、多くの国がサプライチェーンを分散化し、中国の輸出への依存度を減らすなか、中国の輸出主導の成長モデルに圧力がかかっています。
  • 中国政府の規制への対応は、注目を集めたアリババや滴滴出行(ディディ)などに対する措置が示すように、投資家や起業家に大きな不確実性をもたらしています。

こうした経済的逆風が重なって2023年に金の需要は増加し、そのモメンタムは2024年上半期も続きました。この需要の強さによって上海金のプレミアムは、2015年~2019年の1オンス当たり平均7.8ドルから、2023年以降は平均31.6ドルに上昇しました16(図表3)。2024年第1四半期に1オンス当たり平均39ドルと記録的な金プレミアムをつけたことを反映し、この間の中国の現物金地金・金貨に対する需要は前年同期比68%増と大幅に拡大し、110トンと、四半期合計としてはこの7年超で最も好調な数字となりました。

図表3:中国の金価格プレミアムは国内の金需要の増加を反映

Gold Price Premium in China Reflects Increase of Local Gold Demand

海外投資が制限され、比較的未発達な金融市場のボラティリティ上昇、多くの課題に直面する不動産市場、人民元安などの要因により、金は安全な逃避先*資産で、信頼できる投資手段と見なされてきました。そのため、投資家は今後数四半期にわたり金プレミアム(が長期平均に回帰する動きがないか)を注視するべきでしょう。これらは、中国からの需要がさらに減速または加速し始めるタイミングを示す、確かな指標の役目を果たす可能性があるからです。

第3のドライバー: 脆弱さを増す世界のマクロ経済情勢

米国経済は、大規模な財政刺激策に支えられ、大幅な景気減速というコンセンサス予想をはねのけてきました。むしろ、5月中旬時点のアトランタ連銀による経済予測モデル「GDPナウ」によると、第2四半期の実質GDP成長率は前期比年率3.6%と力強い伸びを示す見込みです17。同時に、英国、欧州、日本、中国など複数の主要経済は、最近の低迷から脱しつつあります。

とはいえ、確固たる財政・金融政策と安定した経済成長に支えられ、さらに力強い労働市場、企業収益の拡大、健全な個人消費と相まって、リスク資産にとって魅力的な環境となっています。そしてリスクテイクにとって好ましいこの環境の多くは、行き過ぎたバリュエーションと高い資産価格に既に反映されています。世界の株式市場の多くは過去最高値かそれに迫り、クレジットスプレッドは歴史的にタイトな水準をつけ、資本市場のボラティリティに関する指標のほとんどは著しく低い水準にあります。

先行きについては、今年は世界の人口の40%超が投票することから、おそらくこれが市場のボラティリティに影響を及ぼすでしょう18。11月の米国大統領選挙は、米国史上稀をみる接戦で激しい闘いになることは間違いありません。投資家は、選挙に関するヘッドラインリスクの高まりに備えるべきでしょう。テールリスクを計量化する指標に基づくと、結果に関するレンジは拡大しています(図表4)。

こうしたなか、金融政策ミスの可能性も高まっています。中央銀行は、インフレと経済成長のバランスを上手く取ろうと懸命です。しかし、選挙前の様々なノイズが政策判断を極めて難しいものにしています。

中央銀行は時期尚早な利下げを行えば、1970年代のように緩和と引き締めを交互に繰り返すストップ・アンド・ゴー政策に陥り、インフレを再燃させるリスクがあります。逆に利下げのタイミングが遅れれば、望まざるリセッションや資本市場の混乱、あるいはその両方を引き起こす恐れがあります。残念ながら、中央銀行はジレンマに陥っているようです。

こうしたことすべてが、財政赤字の拡大でソブリン債の供給が増大する一方で需要が減少し、中央銀行が国債の購入を削減するなかで起きています。おそらくこれは、多くの市場参加者が予想していた以上に金利が上昇かつ変動した一因であり、世界経済を不安定化させ、株式市場の調整につながる可能性もあります。

さらに、ロシア-ウクライナ戦争、中東の紛争、台湾をめぐる米中対立などの地政学的緊張もグローバル経済に打撃を与え、インフレを過熱させる可能性があります。保護貿易主義の高まり ―― 最近実施された中国製の半導体、太陽電池、医療製品に対する輸入関税率引き上げなど ―― はグローバル経済に打撃を与え、物価上昇につながる可能性が高いでしょう。

根強いインフレが続く可能性はマクロ情勢の安定にとって最大のリスクですが、同時に今後の金価格にとっては、最大の機会の1つとなる可能性があります。金は、株式や債券との相関性が低く、インフレが平均を上回る局面では、購買力を維持する傾向を歴史的に示してきました19

ポートフォリオのどの資産を金に入れ替えるか

金利が上昇し、インフレが根強さを見せるなかでマクロ環境の変動性が高まっており、長期的な目標・目的を達成するには分散したポートフォリオの資産構成を変更する必要があるかもしれません。

たとえばデュレーションの長い米国債は今年、多くの投資家が期待したような分散投資効果やプロテクションの強化を提供できていません。実際、デュレーションの長い米国債のパフォーマンスは、FRBが最後に利上げを実施した2023年7月以降の10ヵ月間に初めてマイナスとなりました。デュレーションの長い米国債は2020年以降大幅なドローダウンを記録しており、2021年以降リターンをほぼ生んでいません20

より多くの実物資産を分散した運用ポートフォリオに組み入れることは、投資家にとってますます魅力的な選択肢となる可能性もあります。株式と債券から均等に資金を引き出す、あるいは積み上がったキャッシュを用いて、実物資産の組入比率を5%~10%に引き上げれば、ポートフォリオをさらに分散できます。また、マクロ要因のボラティリティ、金利上昇、インフレ環境という循環的ドライバーが台頭するなかで、現在の構造的ドライバーにもしっかり備えられます。

投資家はこの5%~10%のアロケーションで、不動産投資信託(REIT)、天然資源、グローバル・インフラ、流動性のあるヘッジ戦略、あるいはコモディティ全般など、流動性のあるオルタナティブ資産クラスへの投資を追求できます。これは、伝統的な60/40ポートフォリオのリスク低減に役立ちます。それでも、流動性のあるオルタナティブ資産の元祖ともいえる金を用いれば、需要ドライバー多様なことから、より効果的にポートフォリオ運用に資することが歴史的に示されています。

こうしたダウンサイド・リスクを持続的に抑制できるという側面を示したのが図表5です。これによると、金を10%組み入れたポートフォリオでは、過去10年間に株価が10%超下落するたびに、伝統的な60/40ポートフォリオに比べてポートフォリオのドローダウンが154ベーシスポイント(bp)抑えられていたことがわかります。他の流動性の高いオルタナティブ資産を同率組み入れた場合、効果はほとんどのケースで逆となり、平均ドローダウンは拡大していたでしょう。

図表5:金は市場のストレス時にドローダウンを抑制

Gold Reduced Drawdowns During Times of Market Stress

2024年 年央の金市場見通しに関するシナリオと取引レンジ

  • 基本シナリオ(確率50%): 金価格は2,200~2,500ドル/オンスのレンジで推移します。

    新興国の消費者の金需要は、中央銀行による金の大量購入に引き続き支えられ、現在の水準で安定的に推移します。中東、ロシア・ウクライナ、米大統領選など、現在の地政学的イベントによる市場のボラティリティ上昇を受けて、投資家はリスク管理のために金への配分を増やします。

    一方、マクロ情勢を巡るヘッドラインリスクにもかかわらず、グローバルおよび米国の経済は予想以上の成長を続け、FRBの利下げは限定されます。米国の実質金利低下と米ドル安が金価格を支えます。

  • 強気シナリオ(確率30%): 金価格は2,500~2,700ドル/オンスのレンジで推移します。

    中国では経済成長が昨年の5%のGDP成長率目標に達し、さらにそれを上回る可能性もあることから、家計の所得は押し上げられ、ETF、金地金、金貨、宝飾品を通じた金の消費につながります。同時に、地政学リスクによって最近のトレンドが増幅され、中央銀行の年間金消費量は5年平均の686トンを大きく上回ります21

    マクロ面では、リスクがさらに顕在化します。株式バリュエーションが割高なことから、投資家は業績悪化や将来のリスクの兆候がないか決算報告書を丹念に吟味するようになります。これはマクロ関連のイベントが目白押しのなかボラティリティを押し上げ、不透明感の高まりと安全な逃避先*資産に対する需要増大につながります。グローバル金ETFへの資金流入が再びプラスに転じるのと同時に、ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金のネット・ポジション増加、消費者による現物金需要の力強い伸び、中央銀行による購入が金を支えます。

  • 弱気シナリオ(確率20%): 金価格は2,000~2,200ドル/オンスのレンジで推移します。

    力強い経済成長を受け、FRBはインフレ管理と経済成長維持のために政策金利を高水準に維持することから、「より高く、より長い」金利環境につながります。

    これに対してグローバル経済の軟調により、他の諸国の中央銀行は成長刺激のため利下げを続けます。この金融政策の乖離によって大幅な金利格差が生じ、その結果、米国の資産を購入するために米ドルの需要が増加し、それが米ドルの価値を押し上げ、金の需要にとって逆風となります。

図表6:この先2024年末までの予想レンジは、上方に傾いている

Range of Outcomes for the Remainder of 2024 Is Skewed to the Upside